(第134号) ~夏の被りもの~ トンボ笠  (平成11年7月1日号)

トンボ笠
 昔の田植え風景を思い出すとき、決まって浮かんでくるのはモンペ姿にトンボ笠を被り、一列に並んで植えるソートメ(早乙女)さん達の姿です。

 トンボ笠のようにスゲを編んで作った笠は、一般的にはスゲ笠と呼ばれています。ところが三島など静岡県の東部で調べてみますと、「トンボ笠」が通称となっていて、誰もスゲ笠などとは言いません。独特な呼称、そして夏の農村では欠くことの出来なかった被りもの「トンボ笠」について調べてみました。まずトンボ笠という呼称ですが、笠の頂部分に注目して下さい。笠のてっぺんに織り込まれたスゲの先端の形が、ちょうどトンボが羽を広げてとまっているように見えませんか。このトンボ型は、笠作りの最終工程に残るスゲの部分をまとめたものですが、ちょうどトンボのようにまとまったものです。それにしても誰が命名したか、巧い名前を付けたものです。

 トンボ笠の産地は大平(沼津市)が知られています。明治・大正の昔には、太平の約300軒の農家のほとんどがトンボ笠作りを行っていたと言われています。農家の副業でした。男衆が竹で骨を作り、女衆がスゲを縫いつけ、子供達も手伝いに忙しく働きました。作る時期は、秋の稲の収穫後から春の農作業が始まるまでの期間でした。できたトンボ笠は田方平野一帯を始め、根方街道沿いの方まで売り歩き、広く普及していました。(『静岡県史』資料編23民俗一)

 トンボ笠がいつから被られるようになり、大平ではいつ頃から作られ始めたのか、言い伝えも記録もありませんので不明ですが、農家の夏の被り物として大昔からあったものでしょう。

 三島には二日町付近に「笠縫いの里」という古い伝承地名があり、かつては、近くに鎮座する間眠神社から笠の材料になるスゲが三嶋大社に奉納されていたと伝えられますが、こうしたことは昔のスゲ笠作りを物語るものでしょうか。今では明らかではありません。   (広報みしま 平成11年7月1日号掲載記事)