三島市 指定等文化財を紹介します(市指定 その2)
三島市の指定等文化財についてお知らせします。
三島市の指定等文化財
三島市にある指定等文化財について、紹介します。
(指定文化財紹介ページの移行中のため、一部の情報が未掲載となりますが、順次追加していきます。)
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小沼満英筆 三島宿場風俗絵屏風
種別 市指定 有形文化財(絵画)
よみ こぬまみつひでひつ みしましゅくばふうぞくえびょうぶ
員数 6曲1双
所有者・管理者 三島信用金庫
所在地 芝本町
指定日 昭和41年2月7日
概要
左右 6曲 1双、着色の鳥瞰図式の屏風である。江戸時代後期の天保年間に三島の旧家、山口家に半年間逗留した絵師の小沼満英が、宿代として描き残したと伝わる。作者は浮世絵師と思われるが詳細は不明。右隻は秋冬の季節で、積雪の富士山と箱根を遠望し、宿東端の新町橋から箱根西坂にかけての東海道筋と農村風景を描いている。左隻は三嶋大社から千貫樋の架かる境川までのにぎやかな宿内の様子を春・夏の季節感を漂わせて描いている。当時の三島宿の景観 ・ 風俗を知る重要な資料である。
なお、指定の名称は「三島宿場風俗絵屏風」であるが、今日では「三島宿風俗絵屏風」と呼ばれることが多い。
よみ こぬまみつひでひつ みしましゅくばふうぞくえびょうぶ
員数 6曲1双
所有者・管理者 三島信用金庫
所在地 芝本町
指定日 昭和41年2月7日
概要
左右 6曲 1双、着色の鳥瞰図式の屏風である。江戸時代後期の天保年間に三島の旧家、山口家に半年間逗留した絵師の小沼満英が、宿代として描き残したと伝わる。作者は浮世絵師と思われるが詳細は不明。右隻は秋冬の季節で、積雪の富士山と箱根を遠望し、宿東端の新町橋から箱根西坂にかけての東海道筋と農村風景を描いている。左隻は三嶋大社から千貫樋の架かる境川までのにぎやかな宿内の様子を春・夏の季節感を漂わせて描いている。当時の三島宿の景観 ・ 風俗を知る重要な資料である。
なお、指定の名称は「三島宿場風俗絵屏風」であるが、今日では「三島宿風俗絵屏風」と呼ばれることが多い。


栗原忠二画「月島の夕」
種別 市指定 有形文化財(絵画)
よみ くりはらちゅうじが つきしまのゆう
員数 1点
所有者・管理者 郷土資料館
所在地 一番町
指定日 昭和55年10月8日
概要
作者の栗原忠二は明治19年(1886)中央町に生まれ、県立韮山中学校、東京美術学校を経て英国へ留学。ウィリアム・ターナーの作風に傾倒し、ロマン主義的な風景画を確立、日本の風景画に新境地を開拓した。「月島の夕」は明治42年(1909)第 12回白馬会絵画展覧会に出展された作品である。その後、明治45年から大正15年まで、英国に留学している。
この作品は栗原の母校である南小学校に長らく所蔵され、後に郷土資料館に移管された。移管時点では作品名は「月島の月」とされており、当初の指定名称も「月島の月」であったが、後に白馬会絵画展覧会の出品目録により「月間の夕」であることが確認された。
よみ くりはらちゅうじが つきしまのゆう
員数 1点
所有者・管理者 郷土資料館
所在地 一番町
指定日 昭和55年10月8日
概要
作者の栗原忠二は明治19年(1886)中央町に生まれ、県立韮山中学校、東京美術学校を経て英国へ留学。ウィリアム・ターナーの作風に傾倒し、ロマン主義的な風景画を確立、日本の風景画に新境地を開拓した。「月島の夕」は明治42年(1909)第 12回白馬会絵画展覧会に出展された作品である。その後、明治45年から大正15年まで、英国に留学している。
この作品は栗原の母校である南小学校に長らく所蔵され、後に郷土資料館に移管された。移管時点では作品名は「月島の月」とされており、当初の指定名称も「月島の月」であったが、後に白馬会絵画展覧会の出品目録により「月間の夕」であることが確認された。

梅御殿装飾絵画
種別 市指定 有形文化財(絵画)
よみ うめごてんそうしょくかいが
員数 6点10面
所有者・管理者 三島市
所在地 一番町
指定日 平成3年3月4日
概要
楽寿園梅御殿にあったもの。本杉戸絵群は一見するとやや硬い感じを受ける作品もあるが、絵画技術は相当高度のものを有し、特にその骨法は正確、確実で優秀である。 また彩色もそれぞれの作品主題に合わせ、杉戸の板目の美しさを生かしながら巧みである。
「経正竹生島詣図」(作者不詳)2面 平家物語の一場面を描いたもの。作者は草野龍雲ではないかと考えられる。
「足柄山(新羅三郎吹笙)図(」湯川松堂)2面 笙の奥義に達した新羅三郎が、師の豊原時元の子時秋に足柄山で秘曲を伝授するところを描いている。
「司馬温公図」(草野龍雲)2面 大瓶に落ちた子どもを助けるため、高価な瓶を割っている場面を描いている。北宋の学者・政治家である司馬光の逸話で、明治時代に教育訓話として取りあげられた。
「郭子儀図」(湯川松堂)2面 郭子儀は中国唐代の武将。長寿であったので古来しばしば画題となった。
藤図(草野龍雲)1面、秋草鶉図(草野龍雲)1面
よみ うめごてんそうしょくかいが
員数 6点10面
所有者・管理者 三島市
所在地 一番町
指定日 平成3年3月4日
概要
楽寿園梅御殿にあったもの。本杉戸絵群は一見するとやや硬い感じを受ける作品もあるが、絵画技術は相当高度のものを有し、特にその骨法は正確、確実で優秀である。 また彩色もそれぞれの作品主題に合わせ、杉戸の板目の美しさを生かしながら巧みである。
「経正竹生島詣図」(作者不詳)2面 平家物語の一場面を描いたもの。作者は草野龍雲ではないかと考えられる。
「足柄山(新羅三郎吹笙)図(」湯川松堂)2面 笙の奥義に達した新羅三郎が、師の豊原時元の子時秋に足柄山で秘曲を伝授するところを描いている。
「司馬温公図」(草野龍雲)2面 大瓶に落ちた子どもを助けるため、高価な瓶を割っている場面を描いている。北宋の学者・政治家である司馬光の逸話で、明治時代に教育訓話として取りあげられた。
「郭子儀図」(湯川松堂)2面 郭子儀は中国唐代の武将。長寿であったので古来しばしば画題となった。
藤図(草野龍雲)1面、秋草鶉図(草野龍雲)1面






下田舜堂画「朝焼けの富士」
種別 市指定 有形文化財(絵画)
よみ しもだしゅんどうが あさやけのふじ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 北田町
指定日 平成5年3月4日
概要
旧東海道の箱根入口付近からの写生がもとであると思われる。昭和20~30年代初め頃までの民家の姿や松並木と付近の様子等を伝えており、郷土史的観点からも興味深い。
よみ しもだしゅんどうが あさやけのふじ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 北田町
指定日 平成5年3月4日
概要
旧東海道の箱根入口付近からの写生がもとであると思われる。昭和20~30年代初め頃までの民家の姿や松並木と付近の様子等を伝えており、郷土史的観点からも興味深い。

下田舜堂画「小浜池」
種別 市指定 有形文化財(絵画)
よみ しもだしゅんどうが こはまいけ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 北田町
指定日 平成5年3月4日
概要
満々と水をたたえた頃の小浜池の姿を写生。建物、前景の松の枝ぶり、中央左側隅の島上の枯れた木立、さらには背景をなす多くの木々の変化ある様子等、実に克明に描かれている。
よみ しもだしゅんどうが こはまいけ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 北田町
指定日 平成5年3月4日
概要
満々と水をたたえた頃の小浜池の姿を写生。建物、前景の松の枝ぶり、中央左側隅の島上の枯れた木立、さらには背景をなす多くの木々の変化ある様子等、実に克明に描かれている。

細井繁誠画「月と芋畑」
種別 市指定 有形文化財(絵画)
よみ ほそいはんせいが つきといもばたけ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 大宮町
指定日 平成7年3月1日
概要
「月と芋畑」は、細井繁誠の画家として最も油の乗っているころの作品であり、保存状態もよい。色彩やタッチも自然からやや離れ、作者独自の絵画的世界を作り上げている。
よみ ほそいはんせいが つきといもばたけ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 大宮町
指定日 平成7年3月1日
概要
「月と芋畑」は、細井繁誠の画家として最も油の乗っているころの作品であり、保存状態もよい。色彩やタッチも自然からやや離れ、作者独自の絵画的世界を作り上げている。

杉本英一画「絵画教室」
種別 市指定 有形文化財(絵画)
よみ すぎもとえいいちが かいがきょうしつ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 大宮町
指定日 平成7年3月1日
概要
人物のひとりひとりをやや単純化しデフォルメしているが、手足の位置や動きには表情があり、色彩も派手さはないが重色の所々に濁りのない澄んだ青や朱色をのぞかせるなど、作者の画風がよくあらわれている。
よみ すぎもとえいいちが かいがきょうしつ
員数 1点
所有者・管理者 三島市
所在地 大宮町
指定日 平成7年3月1日
概要
人物のひとりひとりをやや単純化しデフォルメしているが、手足の位置や動きには表情があり、色彩も派手さはないが重色の所々に濁りのない澄んだ青や朱色をのぞかせるなど、作者の画風がよくあらわれている。
