歴史の小箱
(第170号) ~韮山町長崎から奉納される~ 間眠神社の大しめ縄 (平成14年7月1日号)
夏も盛りの8月1日の昼前、毎年韮山町長崎区(原木駅の北東、水田地帯)から直径1メートル以上ある大きなしめ縄が、間眠(まどろみ)神社(旧二日町、現東本町二丁目)に奉納されています。
かつては韮山町から徒歩で担いできたそうですが、現在は途中までトラックに乗せられ、最後は人力で担いで、神社に到着します。すぐに鳥居につけられて、この日の間眠神社の祭に花をそえます。
いったい、なぜ、わざわざ6キロメートルも離れた土地から、近隣では見ることが出来ないような大きなしめ縄が奉納され続けているのでしょうか。
この長崎地域は平安時代末、源頼朝が三嶋大社に寄進した土地として有名です。田方平野の中央にあって古代から狩野川の洪水に苦しみました。
地元の言い伝えでは、長崎で祭られていたお稲荷さんが洪水で流され、はるばる二日町の今の間眠神社の地に流れ着き、長崎の人々が連れ帰ろうとしても動かなかったので、その地に祭るようになったのが間眠神社の始まりと伝えられています。その後長崎集落の人々は毎年、大しめ縄を奉納するようになりました。
大正4年(1915)大正天皇の即位の大嘗祭を祝し、木彫りの大しめ縄を作り奉納しました。(写真)
ところがその後、はやり病が流行し多くの人々が倒れました。
「どうして急にはやり病が流行するようになったのだろう。そうだ、間眠神社のしめ縄作りに手を抜いて木に替えたから神罰があたったんだ」というわけで、またもとの藁の大しめ縄を作り、現在まで続いています。
静岡県内でも有数の大きなしめ縄作りは韮山町の無形文化財に指定されています。
(広報みしま 平成14年7月1日号掲載記事)
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