歴史の小箱
(第295号)水害に備える大場川の改修 (平成24年12月1日号)
11月1日号では、昭和五年の北伊豆震災に関する資料を紹介しました。今回は、水害に関連して大場川の改修の歴史を紹介します。
大場川は箱根西麓を水源として市内を南北に流れ、狩野川に合流する、全長十八キロメートルの一級河川です。市街地を流れる桜川、源兵衛川、御殿川などの湧水河川と異なり、特に中郷地区の低湿地地帯では狩野川などの河川と共に度々氾濫を起こしてきました。
江戸時代の初期には多呂の集落が大洪水の被害を受け、川に近い平坦地から山すそへ移ったと言われています。また、隣の北沢では大正時代に蛇行する大場川を直線化する工事を行っています。
昭和に入ってからは次のような流れで、断続的に河川改修が行われました。(以下、市誌による)
1昭和七~十年
狩野川合流地点から安久橋までの二四〇〇メートルを県が改修
2昭和十四~十六年
安久橋より祇園原(加茂川町)までの四五〇〇メートルの改修を県が進めるが、戦時下の物資不足のため進捗が遅れる。
3昭和十七年
地元住民、田方農業・三島商業などの中等学校生徒らの労力提供により御門・中の湾曲部を直線化。
4昭和二十四~二十六年
安久橋から祇園原までの改修が完了する。また、佐野地内の一一〇〇メートルを改修。
以上の一連の工事により大場川の流れもずいぶん姿を変えています。写真の図は、昭和八年と三十
三年の大場川の流れですが、この図からも改修による河川の直線化が確認できます。
昭和8年の大場川
昭和33年の大場川
このように直線化などの改修を重ねてきた大場川ですが、平成に入ってからも2回、堤防が決壊する水害が起こっており、自然の力を完全にコントロールするには至っていません。また、近年の水害対策として、河川の改修だけでなく、水源となる山地の植生などにも、目が向けられるようになっています。
【平成24年 広報みしま 12月1日号 掲載記事】
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