歴史の小箱
(第140号) ~縄文人の暮らしと信仰~ 千枚原遺跡復元図 (平成12年1月1日号)
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千枚原遺跡では、箱根山麓で最も大きな縄文時代の集落で、昭和38年に発掘調査が行われ、17軒の住居跡が発見されました。今から4千5百年前頃、箱根山の豊かな動植物資源を背景に狩猟と植物の採集、沢地川での内水面漁労によって生活していたムラと考えられています。この住居跡は、長さ6mほどの大きさで、川原石で作られた囲炉裏と6本の柱穴がありました。そして、入り口方向の柱穴の側には深さ70cmの大きな穴があり、その中に、底に穴のあいた大甕【かめ】が逆さまに埋められていたのです。
復元図は、ある秋の昼下がり、この家に暮らしている若い夫婦が大甕を埋めようとしているところです。隣では呪術師【じゅじゅつし】がさかんにお祈りを捧げています。当時の住居は、地面を50cmほど掘り込んで作られた竪穴式と呼ばれる住居で、18畳ほどのワンルームです。床には干し草や毛皮が敷かれ、屋根は草葺【くさぶ】きだったと思われます。囲炉裏の火棚では冬に備えて沢地川で捕獲された魚が燻製【くんせい】にされ、縄文クッキーを作るためでしょう、ドングリやクリ、トチノミなどが集められています。
狩猟、漁労と採集によって食料を獲得し、自然とともに生きた縄文人にとって、様々な自然現象や精霊に対する信仰は、彼らにとって大変重要なものでした。大地の豊穣【ほうじょう】を願い、病からの解放、安全な出産への願いなど様々であったと考えられます。そして、それらの祭祀【さいし】は土偶や石棒、絵のような甕の埋納などの形を取って実行されました。こうした縄文人の信仰の背景には、彼らの霊魂の再生という世界観が顕著に示されていると言えるでしょう。
(広報みしま 平成12年1月1日号掲載記事)
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