歴史の小箱
(第132号) ~塚原のお守り~ 「元三大師【がんざいだいし】」護符 (平成11年5月1日号)
昭和16年に三島市と合併し、市の一部となった錦田地区の昔を懐かしく偲ぶことが出来る資料をご紹介します。
塚原新田の普門庵にある一枚の版木です。縦長のサイズで、縦34.3センチメートル、横12.5センチメートル、厚4.5センチメートルの虫食いだらけの板。そこに彫られた像はなにやら奇妙です。角があります。胸部には骨が描かれています。この版木から印刷されたものが、昔、塚原の家々の戸口に貼られて、「魔除け」とされた護符【ごふ】です。
と言っても、そうした習慣はかなり昔のことで、今では護符を摺【す】ることも貼ることもなくなってしまったため、地元の塚原でもこれが「何を」描いたもので、また「何と」と呼んでいたかも次第に分からなくなっています。そこで、調べてみました。
版木は「元三大師」の護符を印刷するためのものでした。元三大師とは比叡山の中興の祖とされる良源(912~985)の俗称です。元三という名前は良源が正月も三日に他界したことに由来すると言われ、その霊威【れいい】を示す逸話から観音の化身とも言われ、角大師、鬼大師、降魔大師、豆大師などの異名を持ち、各地で信仰の対象となっています。
また、塚原・普門庵で見つかったような角大師の姿の護符は、東日本では、同地区と同じように、新年に民家の戸口などに貼って、災厄・疫病除けとする習わしが広く知られています。
そのほか、埼玉県・川越の喜多院のように、角大師の護符と豆大師と呼ぶ観音の三十三化身像の護符を一対で発行して配るところもあります。豆大師には「魔を滅ぼす」「丈夫(まめ)で過ごす」などの伝承もあるといいます。
塚原新田・普門院から出品された一枚の護符には、高僧信仰、来訪神信仰、祖霊信仰など、庶民の願いが重層的に加えられ現在に至っているのでしょう。
(広報みしま 平成11年5月1日号掲載記事)
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