歴史の小箱
(第191号) 幼稚園で使われた~足踏み式リードオルガン (平成16年4月1日号)
幼稚園や小学校のなつかしい思い出の一シーンに、先生のオルガンに合わせて、クラスの友達と歌を合唱したことがあるのではないでしょうか。
昭和20年代まで、オルガンは貴重な楽器でした。小学校などには、国の政策で積極的に購入されましたが、高価なため、一般家庭では簡単に手に入るものではありませんでした。
郷土資料館のロビーに展示されているオルガン(写真)は40年近く旭保育園(泉町)で利用されていた足踏み式リードオルガンです。踏み込みの部分に貼られたゴムは多くの演奏者に踏まれ、硬く劣化しています。旭保育園はすでになくなってしまいましたが、子どもたちに愛されたオルガンは今でも触れるとふくよかな音色でメロディを奏でます。
近頃あまり見かけなくなったこのリード式足踏みオルガンですが、日本での歴史は古く、フランシスコ・ザビエルがキリスト教の布教のためオルガンをヨーロッパから持ち込んだと伝えられています。
明治に入ると、教会ではオルガンの伴奏で賛美歌が演奏され、キリスト教の伝道に一役かったものでした。また、明治の音楽教育の中で、唱歌教育が始まるのですが、唱歌の中の15曲は賛美歌のメロディから採られたといいます。
日本の音楽教育の必需品となったオルガンはアメリカなどから輸入されると共に、国産のオルガンも作られるようになります。
明治23年(1980)に行われた内国産業博覧会では西川寅吉、山葉寅楠、河合喜三郎などが数台ずつ出品し賞を受けています。
これらは、後のヤマハ楽器、河合楽器に発展していきました。
明治34年(1901)には18円~250円と高価であったオルガンですが やさしい音色は多くの子供たちに愛されました。昭和30~40年代には年間数十万台も製造され、各家庭で子供たちが練習に励んだものでした。
今や電子オルガンやピアノに替わり姿を消した足踏み式リードオルガンは、郷土資料館でいつでも触れることができます。
(広報みしま 平成16年4月1日号掲載記事)
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